2025年04月04日
「変わりつつあるパリの日本食ショップ」
高知県食品海外ビジネスサポーター 欧州担当
奥本 智恵美
パリの日本食街と言えば、かの有名なオペラ座がある、オペラ地区です。オペラ座界隈には、多くの日本食レストランや日本食材店が集まっています。
パリで最も古い日本料理店「TAKARA」(たから)が開店したのは1958年、同店は当初は別の地区にありましたが、60年代に入ってから今のオペラ地区に移転しました。
日本の高度経済成長期を経て、70年代から80年代には積極的に日本企業がパリへ進出、同地区には多くの支店・駐在事務所が設けられ、それに伴い日本食レストランも増えました。
また、強い成長を続ける経済を背景に、パリを訪れる日本人観光客も多かった時代です。この当時の日本食品・料理店は、主には日本人の駐在員やその家族、さらには日本人観光客をターゲットとしていました。一方で、すでにこの時代に、好奇心を持って来店するフランス人も一定数いたという証言もあります。
90年代初頭に入りバブルが崩壊すると、日本企業の撤退が相次ぎ、閉店する日本料理店もありました。また同時期には、フランス現地系の安価な回転寿司チェーンの広がりや、この「SUSHIブーム」に便乗した料理店が雨後の筍のように増えました(今でもあちこちで見かけますが、寿司と焼き鳥のセットがメインメニューの店)。オーセンティックであるかどうかは別にして、この頃から日本料理というものが、フランスに広く、しかし非常に浅く浸透していったと言えます。前述のオペラ地区は、以降、店舗の入れ替わりも多くありましたが、今も変わらず大きな日本食街です。
かつての風景とは異なり、昼も夜も多くのフランス人、あるいはパリを訪れる観光客が行列をなしています。しかしその一方で、ほぼオペラ地区に一極集中していたパリの日本食店分布に、ここ数年変化が起こっています。
その新しい動きの代表例が、2023年8月にオープンした「iRASSHAi」(いらっしゃい)です。
同店は、多くの路線が乗り入れるパリ心臓部のハブ駅、シャトレ駅のすぐ近くにあります。オペラ地区から東に向かって徒歩15分ほどです。
店舗の隣には、パリの新現代美術館「ブルス・ドゥ・コメルス」があり、またルーブル美術館からも徒歩5分で、人通りの絶えない好立地にあります。
この「iRASSHAi」は、総面積800㎡を数えるフランス最大級の初めての日本食コンセプトストアで、
店内には雑貨・食材販売コーナー、レストラン2店、カフェ1店(夜はバーとして営業)があります。
日本専門旅行会社のJapan Experienceの共同経営者であり、日本での経験も豊かなフランス人2名が立ち上げました。コロナ禍によるロックダウン中、日本へ行けなくなったことがきっかけで、パリで食文化を通して日本を体験できる空間を作りたいという思いをもったそうです。
日本の食材はオーナー自らソーシングを行い、自社輸入しています。
既存の日本食材店と比べると、商品説明やレシピアイデアのフランス語表示が、店頭とウェブサイトでとても充実しており、
日本食ビギナーの方にも購買意欲を持たせる工夫がされています。
また、醤油や味噌等の商品の容量も小さめで、これもまた初めて買う方の不安を取り払うためかと思います。
店内のカフェやレストランで日本の味に触れ、そして買い物もできるという、ゆっくりとした時間を過ごせる空間になっています。
さらに東に10分ほど歩くと、また別の日本食ショップに出会います。
マレ地区という名のこのエリアは、パリ市庁舎やパリで2番目に古い百貨店「BHV」(ベー・アッシュ・ヴェー)があり、
フランス最古17世紀の貴族の館が残る美しい地区として知られています。非常に多くのブティック、ギャラリー、カフェがあり、流行に敏感な人が集まる活気あるエリアです。
このマレ地区に、今年9月に旅行代理店のHISのコンセプトストアができました。
中はまるでアートギャラリーのようで、日本の地域別の食品や工芸品を展示販売する棚が、季節やイベントごとに変わる中央テーブルを囲んでいます。ワークショップも開催可能な機能的な作りとなっています。
特に目を惹きつけるのが、日本酒やウィスキー、リキュールのボトルで一面埋め尽くされた壁で、高知県の日本酒も置いています。
同店は本来の旅行代理店業も行っており、日本の特産品を通して日本の旅へ誘うという新しいタイプの店舗です。
先に紹介した「iRASSHAi」と、HISコンセプトストアを訪れる方の多くは、現地のフランス人、あるいは近隣ヨーロッパ国からの観光客です。隙間なく食品や雑貨が陳列されている従来型の店とは異なり、限られた数の選りすぐりの品を一つ一つ丁寧に見ながら、その店で時間を過ごすこと自体が楽しみとなるような、ストアでの「経験」を売り物にしています。昨今の円安傾向で日本に行く方も増えているため、今後は益々ヨーロッパの人の日本食への関心は大きくなっていくと思います。単に材料や調味料として優れているか、というだけでなく、興味をそそるパッケージデザイン、適した容量、買いたいと思わせる説明テキストが求められていくと思います。